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2007/02/07 (Wed) 「野だて歌会」に参加します

ベランダの夏蒲団越しに漆黒の向日葵が立つ向日葵のまま


中村さんからお誘いいただいた、第2回野だて歌会にこの歌を提出します。
どのような情景が思い浮かぶうたか、みなさんのいろいろな視点からのアドバイスをぜひお聞かせください。

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お邪魔します。「野だて」のコメントです。

真夏。強烈な日射しで、向日葵の影が薄い蒲団に焼き付けられている。それを、スライドを見るように裏側から眺めている。等身大の向日葵の影。
こんな風景をまず思い浮かべました。夏の静けさと物悲しさが伝わってくる、と思っていたのですが、よく読んでみるといくつか疑問点が出てきました。

まず「ベランダ」。大辞林には「建物から張り出した縁。普通、庇のあるものをいう」とあります。
僕は「建物の二階以上の階にある張り出し」といったふうに捉えています。別に一階にあったっていいんですが、語感として。
そうすると、たとえば二階のベランダに干してある蒲団に(地面から生えた)向日葵の影は映るのか?

一階にあるベランダと考えてみても、今度は光の角度の問題があります。夏の太陽は高いところから照りつけるので、少なくとも昼間干された蒲団に向日葵の影が映るには(よほど近づけて干さない限り)難しいのではないか。
朝方あるいは夕方だとすると、洗濯物などは普通南向きに干すので、左あるいは右側から照らされて「向日葵のまま」の影は映らないのではないか(ゆがんで映るのではないか)。そもそもそんな時刻に蒲団を干すのか。

そう考えていくと、なかなか一筋縄ではいかない歌だということが判ってきます。
ではどう読むか?

(続きます)

2007/02/08 22:07 | 中村成志 [ 編集 ]


 

(続きです)
「向日葵=干す人」と捉え、その人の影を反対側から見ている、とも考えたのですが、やはり太陽光の向きが問題になります。ふつう太陽に向かう形で干していきますものね。そうすると布団に影は映らない。
鉢植えの向日葵?蒲団の柄?「ベランダ」そのものが何かのメタファーか?「漆黒」を影と考えることが間違いなのか?
あ、「向日葵=太陽そのもの」と考えることも可能か。

えーと、考えすぎて煮詰まってきてしまいました。
また出直してきます。

2007/02/08 22:12 | 中村成志 [ 編集 ]


 

こんにちは、題詠でお世話になりましたyururyです。
中村さんのお誘いで今回の歌会に参加させていただきました。
よろしくお願い致します。

多分この一首の一番象徴的な部分は「漆黒」だろうと思います。
あとは二の次ということはないけれども、画像処理した時に白と黒が反転したような、そんな緊張した風景に見えました。
それは元に戻せば、やはり「向日葵」が鮮やかであることに変わりありません。
子どもの頃、色つきの下敷きで太陽を透かしてみたような感じが漂います。

何かの理由があって、向日葵は漆黒に染まらなければならなかった。
そのわけは私はどんなものでもいいと思います。
ただ、その表現としての「漆黒の向日葵」は素晴らしく効果的であり、そのあとに「けど、どこまでも向日葵のままである」というのが、変われない苦しさを感じさせて重みのある結びに感じました。
綺麗な、けど、どこか不安定で妖艶さもあって羨ましい一首でした。
ありがとうございます。



2007/02/11 21:59 | yurury [ 編集 ]


 

遅くなりました!
野だて歌会のコメントにおじゃまします。
(ああ、中村さんちに着くころに日付変わるかも。ごめんなさい。)

 向日葵はひらひら花びらを散らしたりしない。花の形はそのまま、すっくと立った姿のままで、花びらも葉も乾いて漆黒に近づいていく。やがて自らの種の重さにうなだれていく。……色を変えてもかたちはずっと「向日葵のまま」のその姿は、「悲しい」とも「潔い」ともいえるのだけど、どう感じるのかはぐちゃぐちゃ述べずに情景をストレートに描いたところが好きです。
 
 どんな時期なのかを読み取るのが少し難しいかなあ。
 向日葵が漆黒である時期は結構長くて、場合によっては真冬でもそのまま残っていたりしますね。
「ベランダの夏蒲団」を、「片付ける前に干している→もう秋だ」のサインとして考えれば、向日葵もちょうど漆黒になった時期ということで納得できるのだけど、「ベランダの夏蒲団」を、そのまま「夏」のしるしとして読んでしまうと、「漆黒」の意味をちがうもの(影とか幻とか)と考えなくてはならないんですよね。
 時期的なことさえぶれずに伝われば、夏蒲団の色の淡さ・さわやかさと向日葵の漆黒という色の対比が鮮やかだし、意味的にも対比的なもの(蒲団や衣類を取替えながら生きている人の視線の先にある、向日葵のままの向日葵)が感じられて印象にのこる歌だと思います。

2007/02/12 23:51 | すぎな [ 編集 ]


 

とりあえず「野だて」終了とさせていただきます。
書き込みは、この後も大丈夫です。
拙ブログに全体の感想などを書きましたので、よろしければご覧ください。
「題詠100首2007」でまたご一緒しましょう。

  コスモスの影やわらかく薄墨の色の中だけさむい掌

2007/02/13 07:37 | 中村成志 [ 編集 ]


 

コメントいただいたみなさま、ありがとうございました。
そしてその前に、
大変申しわけありませんでした。
みなさんのおうたに、期間内にコメントをさせていただくことができず、
どうしようとこれまで膝を抱えて暗い部屋に座っていました。
また、改めて、そう、えっこんなに時期が経ってから?? みたいな機会に、ぜひ感想を書かせてください。
そして、大変参考になるおひとりおひとりのおことばを噛み締めております。
うたの中で、モチーフとそれを通した叙情にモザイクがかかりがちなのが難であり、今後の課題にしたいと思います。
重ねて感謝申し上げます。
そして、また今後もお世話になります。よろしくお願いいたします。

2007/03/02 14:53 | こよみ [ 編集 ]


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